◆TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」にやってきた竹内まりやさんのお話
昨日は「ジェーン・スーさんの番組の人生相談が好き」という記事を書いたのですが、
この番組に出会ったのは、同じくTBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」がきっかけです。
何年前だったか、「にち天(=安住紳一郎の日曜天国)」と出会い、ポッドキャストで聞き続け、安住さんのあまりの面白さ、オタク気質にハマってしまい、
ポッドキャスト配信終了→ラジオクラウドへ、という流れについていき、
その画面で「生活は踊る」という番組を知ったという次第。
「にち天」もラジオクラウドで毎週聞いています。安住さんてほんとに面白い!
タイトルからもう気になる気になる!
ぜひ聞いてみてください!
◆その夫婦の納得できるやり方が、そのふたりにとっての正解
10月21日の「にち天」は竹内まりやさんがゲストでした。
(一ヶ月限定配信だそうで、聞きたい方はお早めに!)
トークのなかで
「こんなに人気なのにファンクラブは終わったままで、コンサートもオリンピック以上の期間をあけて、わずかしかやらないまりやさん」
みたいな話になったときに、竹内まりやさんはこんなことを言われていました。
物理的に無理だった
達郎(=夫君・山下達郎)が自分自身の活動を貫こうとすれば、物理的に時間がない
私も子育てやっていたら時間がない
〜
たっつぁん(=夫君・山下達郎)の仕事優先させようよ、あれだけの才能のひとが活動するのだから私はもう、トモアシ(?)でというようにやっていたらこういうペースになった
夫君の才能は世の中の誰もが認めるところ。まりやさんももちろんそうなんですが、まりやさんは夫の才能、活動をまず最優先という考え方でやってこられたんですね。
夫婦のあり方というのは本当にそれぞれで、
「今はみんなそうなのに」
「なんで私だけ」
「ふつうはこうだろう」
みたいな考え方で形作ると、すぐに崩れるものかもしれません。
もしまりやさんが「私も夫に負けないくらい活動したい」と思っていたなら、夫婦として続いていなかったかもしれない。
もしおふたりの出会いや結婚が今の時代だったら、「才能ある妻の活動を制限する夫」みたいなバッシングを達郎さんが受けていたかもしれない。
周囲は無責任に、いろんなことを言う。
だけど、決めて、形を作っていくのは、ほかならぬ、当事者ふたり。
◆山下達郎さんの作品には個人的に思い出がいっぱい
昔よく聴いていました。なつかしいなー
FMラジオ番組も。週末のお楽しみでした。
大阪のフェスティバルホールが全面建て替えになったときに、あの素晴らしい響きのホールをなくしてはダメだ、と言っておられたのを思い出します。新しいフェスティバルホールはいかがでしょうか。。
これは30周年記念アルバムだけど、このたび40周年を迎えられたそうで!
育児などを挟んでマイペースにやっていたからこそ、ここまで続いたのだとおっしゃっていましたが…
40年創作活動を続けるってすごいことだなぁ…
いや、
会社づとめだって、子育てだって、趣味だって、なんだって、
続けるってなんでもすごい!
Mariya Takeuchi 竹内まりや - September (LIVE 1980)
私は竹内まりやといえば、「セプテンバー」
友達がカラオケで歌ったのが、めちゃめっちゃ上手だった思い出(^^)