日々の暮らしの覚え書き(カエデノオト別館)

個人的な備忘録ですが、これが誰かのお役にたつならものすごくうれしい。だいたい3の倍数の日に更新します。

あれから23年(1.17に思うこと)

◆だんだん、震災=3.11という時代になってきたけれど

私にとって震災といわれて思い出すのは、何年たとうが1.17。
身内は全員無事だったし、家も半壊申請が却下される程度の傷みですんだ。
でも、命を落とした同級生がいる。弟にもそんな同級生がいる。
弟は倒れてきた本棚に、祖母は崩れてきた和箪笥に、ギリギリのところで潰されずに済んだ。
義援金をいただくという経験もした。
水やガスには1ヶ月以上不便をした。
やっぱり1月17日には、いろんなことが蘇り、いろんなことを思う。

◆迫力と説得力がある、経験者の記録

コミュニケーション・ディレクターのさとなおさん(佐藤尚之さん)が毎年この日に、ご自身の震災経験を記録したページをアナウンスされる。

さとなおさんの経験は、私のそれなど比べものにならないくらい大変なもので、数年前から毎年読んでいるのに毎年泣きそうになる。
比べものにならないとはいえ私も経験者なので、その時の様子が必要以上に想像できてしまうのだ。

「震度7の朝、妻は妊娠9ヶ月だった。」

以下のふたつもとてもリアル。そうだその通りと思うことばかり。未経験の専門家のものよりもずっと実用的。

「地震が起こる前に、これだけはしておけ!」


「地震が起こったら、まずこれをしろ!」

眼鏡のこととか、何故帽子が必要かとか、緊急持ち出し袋よりも水を備えよとか、、、同意できることばかり。

◆今年はなぜだか「楽しかったこと」をいろいろと思い出す

つらかったこと、大変だったこと、「これを経験したわたし、この先何があっても生きていけるかも」とか思ったこと、いろいろあるけれど、今年やたらと蘇ってきたのはなぜだか「被災中の、ちょっぴり楽しかった出来事」。

1週間ぐらいたったころからかな。非常時の暮らしの手順に慣れてきて、学校や会社は臨時休校とかしばらく出てこなくていいよとか言われ、時折のんびりした時間が流れるようになってきた。

地震が起こる前は、自分の眼の前のことでいっぱいいっぱいで家族と顔を合わさない日ばかりだったのに、急に一緒にいる時間が増え、話をしたり、同じことをする機会がうまれたり。何年も顔を見ていなかった近所の幼なじみに久しぶりに会って、ゆっくり話ができたり。そこに双方の家族が参加したり。
すっかりご無沙汰していたご近所のおじさん、おばさんと言葉を交わしたり。
水を上手く保管する方法なんていうのを発見して教えあったり。重いものを運んでお年寄りに感謝されたり。
それは幼い頃の日々を思い出してしまうような、なかなか楽しい時間だったのだ。

日常が戻るにつれ、私も家族も幼なじみもご近所さんもいつもの生活に戻っていき、ふたたびすれ違いの日々となってしまったのだけれど…。
大変な日々の中に確かにあった、きらりと光る楽しい思い出。

今年はなんでそんなことをいっぱい思い出すのだろう。

災害対策をおさらいするのもいいけれど、そういう時間があったことも忘れないでね、っていうことなのかな。

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多肉の赤ちゃんを迎える準備をしました。春近し。

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